『コケのすきまぐらし』

 福音館書店の月刊「たくさんのふしぎ」2021年10月号『コケのすきまぐらし』田中美穂 文/平澤朋子 絵、が発売になりました。店の裏の鶴形山近辺と蟲文庫を舞台に、身近なコケのふしぎな生態を紹介しています。柔らかく愛らしく的確な平澤朋子さんの絵でないと完成しなかったと思うコケの本になりました。

 この絵本は、『苔とあるく』(WAVE出版 2007年)が出た当時、このたびの担当編集のKさんが、「ちいさなかがくのとも」の保護者向けの折り込みの取材に来てくださって、「いつか、コケの絵本を作れたらいいですね」とお話ししたのがそもそものきっかけでした。それから数年して「たくさんのふしぎ」編集部へ移られたため、だんだんと現実的なものになり、それが今年ついに完成したのです。 もちろん、その14年ほどのあいだ、ずっとコケの絵本のことばかり考えていたわけではありませんが、何も動きがない時期でも、頭の中にはずっとほんのりと存在していましたし、いよいよ取りかかりはじめてからもいろいろとあって(例:骨折)、いまこうして出来上がったものを手にして「ああ、ほんとに出来たんだな」とまずは単純に感動しています。 ただ、ずっと同じ場所で観察していても、やはり十数年の積み重ねは大きく、少しずつ知識や考えが深まったり広がったり変化したりしたので、こうしていままで時間がかかって、ほんとうによかったとも思っています。

 先日、『苔とあるく』を一緒に作った担当編集のHさんに送ったところ、すぐに電話があり、「『苔とあるく』が出来たのは「たくさんふしぎ」の『ここにもコケが…』の存在が大きいですよね、そしてそこから今度は『コケのすきまぐらし』が生れるなんて、すごいことですね」という話しをして、ふたりとも、あらためて「ふー」と電話口でため息をつくような、なんともいえない感慨にふけりました。そうなんです、『苔とあるく』が出来た、いちばん大きなきっかけは、「たくさんのふしぎ」の『ここにもコケが…』(越智典子 文/伊沢正名 写真  2001年6月号)の存在だったので、そこからさらに、今回の『コケのすきまぐらし』につながるなんて、これはほんとうにすごいことだと思います。


 最初にも書きましたが、平澤朋子さんの絵が見事なのです。さっそく読んでくれた友人知人からも「絵がすごくいいですね」「一気に平澤朋子さんのファンになりました」「素晴らしいですね、もともと植物画を描かれる人なのかな」「平澤朋子さんの絵、最高!」という感想が届いています。でもじつは平澤さんは、植物の絵を本格的に描くのは今回が初めてなのだそうです。しかも、よりによってこんなに見分け、描き分けの難しいコケが相手で、ほんとうに大変だったと思うのですが、こちらの目指すものを丁寧に汲み取って、最後の最後まで粘り強く、熱心に描いてくださり、おかげでこんな、柔らかくて愛らしくも写実的な素晴らしいコケの絵の本が出来上がりました。


 絵本は、「文」と「絵」とのバランスを取るということがとても重要で、そしてとても難しく、「何を書いて、何を書かないか」ということを、絵や展開にあわせて何度も何度も直しながら絞り込んで考えて行くということもとても勉強になりました。もともと本というのは、いろいろな人の力を借りながらの共同作業で出来上がるものですが、特に今回のような絵本は、文章を書く人、絵を描く人、そして全体をみながら舵取りをする編集者との、どれが欠けても成立しないため、作者として名前が出るわたしも、いってみれば「代表」みたいなものなのです。

『コケのすきまぐらし』に書いた「作者のことば」がwebで公開されています。こちらもぜひ読んでみてください。http://bit.ly/3DQSNuk


 「たくさんのふしぎ」は、基本的には定期購読型の月刊絵本なので、取扱いのある書店は限られますが、注文や取寄せは可能な場合もあります。お手数ですが最寄の書店でお尋ねください。もちろん蟲文庫での通信販売も歓迎いたします。定価770円とは別に、送料87円(第三種郵便)と振込手数料をご負担いただくことになりますが、よろしければご注文ください。